雑記

頻繁にツイ消しするため、忘備録として更新します。内容は重複することがあります。(加筆修正/削除あり)基本的に自分語りしかしません。信憑性などは担保していないので、裏取りは個人に委ねます。
頻繁にツイ消しするため、忘備録として更新します。内容は重複することがあります。(加筆修正/削除あり)基本的に自分語りしかしません。信憑性などは担保していないので、裏取りは個人に委ねます。
学生時代に課題で美術史レポートを書いてたときから感じていたことだが、私は、絵を眺めていても感想を形容詞でしか捉えることができず、画面から良さを感じ取っていたとしても、それを適当な言葉に置き換えて表現することが苦手なのである。何が、どういった表現や技法が、そして構図が良いのか具体的に詳述することができず、レポートの提出期限までに書き上げることが苦しく感じてしまい、何度か匙を放り投げた結果、留年をしかけるというロクな学生生活を送ってこなかった。このような傾向は、働いてから致命的な欠点となって目も当てられないが、それでも書き上げなければ業務が滞ってしまう。客観的な視点を忘れてはいけないが、どうしても主観や感性頼みになることは避けられず、どうにかして捻り出さなくてはいけないと追い詰められたとき、大学時代の同期たちの、感想を言い合いたくて仕方がないといった熱のこもった語りを思い出しては、自分もこのような人間であったらと考えずにはいられないのであった。要するに私は、支離滅裂な文章しか書けないし、しどろもどろにしか話せないという欠点を補うべく勉学に励むしかないわけだが、学生時代に遊び呆けていたツケは大きく、学ぶために手に取った書籍に印字された文章たちは、どれも自分には眩しいくらいに洗練されていて疲れてしまう。
今はね、小山正太郎の画塾「不同舎」と人脈の項を読んでます。この画塾には、中村不折、下村観山、佐久間文吾、岡精一、石川寅治、満谷国四郎、鹿子木孟郎、吉田博、中川八郎、小杉未醒、坂本繋二郎、高村真夫、青木繁等が学んでいたようです。
波の絵を紹介しているときに、引き合いとしてクールベの波図が出されていたのが印象的でした。点景に過ぎなかった風景画をメインに据えて取り上げるようになったというような紹介のされ方。砂浜に打ち上げられた小船が一艘描かれてるものの、画面の中央に描かれているのは荒れ狂った波が打ち寄せる様子で、主題はあくまで波である。うねりのある波濤が躍動感の演出に一役買っており、鑑賞している我々を呑み込んでしまうのではないかと考えてしまう。重苦しい鈍色の雲も不穏な気配を告げる。
洋画家の紹介を読んでいるということもあって、みんな当然のごとく渡仏とかしていて洋行帰りが定番みたいに感じてしまうんだけど、それは限られた人の特権的なことだという意識を欠いた感想だな。
官費で渡航している人もいれば、実家が太くて何か別分野を学ぶために送り出される人、苦学の末に渡って現地で貧困に喘ぐ人など、一口に洋行と言っても各々の経済状況や渡航背景が推察されるし、留学したからといって成功するばかりではなくて、失意の果てにかの地で死没してしまう人もいる。
だから限定的と言っても、みんなが恵まれた環境にいたなんて断言してしまうのは早計だ。ただ、そうした背景を差し引いてもやはり留学できる人なんていうのは一握りだし、なんだったら絵を描くことを生業とできるような人なんて、さらに少数に絞られてしまうから、名が残るというのもあるのだろうか。
もちろん留学経験のない画家がいることも忘れてはならない。ただ略歴欄を眺めている時に、当たり前のように海を渡った形跡が確認されるので、彼らはどういった状況でそれぞれ旅立ったのかということを想像していた。画業もそうだが、語学のことも興味が尽きない。
中村不折みたいに、書も絵も認められるような人間になりたかったよ〜。器用な人だと評するのは失礼だけど、名を残す人って本当にマルチタレントかよというくらいに多彩な業績があるよね。そうじゃなきゃ編纂されることもなく、埋もれる大衆の一個人扱いか。
前フリなしで裏日本の話をブッ込んでいるので、繋げたい。ただ、裏日本の語義に触れると長くなってしまう。今回重要なのは、濱谷の写真に感銘を受けたということだけなのだ
濱谷浩が終戦日に疎開先である新潟県の高田で撮影した《終戦の日の太陽》を見てから、彼が撮る写真の虜になってしまった。写真の題材や構図も好みだが、それ自体は正直凡庸な部分がある。しかし、撮影当時の社会情勢や撮ったときの心境といった背景を勝手に憶測して解釈すると、途端に特別な一枚となる。
どういった心境で撮られた一枚かというのは、現時点の私では知り得ない情報で、だからこそ勝手な憶測で感傷的な気分に浸る迷惑なヤツと成り果てているのだが、ファーストインパクトを記録せよとの命が出たなら、そのように答えるだろう。とにかく劇的な出会い方をしたのだ。
図書館に行けば写真集を借りられるだろうが、まだ実見しておらず、断片的な情報と写真を数葉確認しただけに留まっている。それでもあの一枚が私に与えた衝撃は大きく、夜更けまで略歴を調べるほどには興味を持った。これは物臭な自分にとっては珍しいことで、受けた刺激の程度を窺うことができるだろう。
現在は差別的な意味を含んでいると捉えられ、用いられることがほとんどなくなってしまった“裏日本”という単語だが、侮蔑的な意味を込めずに言葉の響きを重視したいと思うのと、濱谷の代表作である『裏日本』という写真集に触れる上で避けて通れない単語のため、表記させて頂くことをご容赦願いたい。(気が向いたら加筆します)

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