この夢二は珍しく好きな部類で、というのも、やはり人物モティーフではないからだと思う。
夢二が描く美人画は、その様式が一種の時代的な流行として確立され、当時の人々から持て囃され、受け入れられたものではあるが、正直自分好みではなかった。線には特に不満もないし、服飾も色遣いも、どちらかと言えば好みの部類だった。ただ、どうしてもあの目鼻立ちや口元、総称すると顔貌表現そのものが、私には刺さらなかった。
それが前提にあるので避けがちだったのだが、このキノコはどうかと言えば、実に自分好みだった。黒地に赤は映える。モティーフ自体も、その描かれ方や配置も、全てが自分にとって絶妙だった。弧を描くように配されたもの達のバランス感覚には脱帽する
(右より)
鼡地枝垂柳に雪輪文様縫箔 無紅
萠葱地蔦紋散文文様縫箔 紅入
紅地秋草文様縫箔 紅入
白地扇子夕顔文様縫
江戸〜明治時代
これは中学時代に友人と彦根城へ行った際に購入したもの。後に染織品の文様に興味を持つようになるのですが、帯のものを選んで購入するという感性は、当時から変わりないようです。
「鼡」はネズミの略字?らしいです
二階堂奥歯『八本脚の蝶』の文庫版が河出文庫から出版されていると知り、彼女が飛び降り自殺を決行した齢までに読み終えたいと思って、誕生日まで約一ヶ月と少しというタイミングで読みました。
実は現在も公開されているサイトで読んだことがあるのですが、彼女と関わりのある人たちから寄稿してもらった文章が収録されていると知り、紙媒体でも読み返したいと感じたので購入したのです。
日頃読書から縁遠い私には、彼女の積み重ねてきた読書体験や豊富な知識なんて持たないまま、25歳を迎えてしまったことの不甲斐なさを重く受け止める結果となってしまいました。
私の知らないことや書物に関する情報、私が興味を持てずにいて触れる機会のない世界の一つである、化粧やお洋服などのファッションの世界の話なんかは凄く新鮮で学ぶことが多かったです。
と同時に、日記に登場する文章の断片から読み取れてしまう彼女の知性や交友関係、美貌や学歴、実家の太さなんかが垣間見えた瞬間に、私は酷く勝手に偏見の眼差しで彼女を見つめることになり、感情移入していたことなんて嘘のように、まぁそんなものよねなんて、彼女を取り巻く環境に嫉妬してしまうのでした。
そんな瑣末な初期値なんて吹き飛ばしてしまうくらい、本人が努力して手に入れていることは理解しているつもりです。それでも醜い人間は考えてしまうもので、そんな自分に対して呆れて溜息をついてしまいました
空と地面がある街だよ
育った街と どう違うだろう
違いが言えるのはどうしてだろう
ここへ来てから教わったんだよ
嘘が多いとか 冷たいとか
星が見えないとか 苦情の嵐
上手くいかない事の腹いせだろう
ここは幾つも受け止めてきた
「日常性が、瑣末さが、どうでもよさが、消えてゆく世界の永久欠番性を託されて輝いている」
穂村弘「解説」p600
二階堂奥歯『八本脚の蝶』(河出書房新社、2020年)所収
「…裏日本の生活の障壁となっているのは、その歴史的背景と、風土的影響である。この二つは相互に絡みあって、人間に強く作用している。裏日本を理解するには、人間と風土との関係において、見なければならない。」
「…さらに足まめに歩けば、原始の労働ともいえる生産様式を目撃することも可能である。地域の差は、時代の差でもある。このことは裏日本で、特に顕著のように思われる。」
「東京を、夜行列車で裏日本に向い、夜が明けると、二十世紀の驚異は、十八世紀の驚異に変る。二百年前の町が生きている驚きだ。汽車の沿線を少し離れると、中世紀の生活を知ることもできる。」