雑記

頻繁にツイ消しするため、忘備録として更新します。内容は重複することがあります。(加筆修正/削除あり)基本的に自分語りしかしません。信憑性などは担保していないので、裏取りは個人に委ねます。
頻繁にツイ消しするため、忘備録として更新します。内容は重複することがあります。(加筆修正/削除あり)基本的に自分語りしかしません。信憑性などは担保していないので、裏取りは個人に委ねます。

俗に言う“不幸の連続”

俗に言う“不幸の連続”というようなことが立て続けに起きた経験のなさから、物事を楽観的に捉えてしまっているのかもしれませんが、絶望して通勤時間帯の電車に衝動的に飛び込みたくなったり、快速電車がトップスピードで通過する踏切地点で待ち構えて轢かれてみたり、はたまた超高層ビルの最上階から飛び降りて意識を失ったままひしゃげてしまったり、そんな苦痛を伴うまでもなく即死状態に追い込みたくなるような精神状態になりたいときがあります。
ただ、痛みに対して過度に怖れていることによって救われている人生です。痛覚がないなんてことはないでしょうが、鈍感なふりをして耐えてしまえるような人間であれば、もうこの世にはいないような気がするんです。
一時の感情に任せて衝動的に堕ちようとしても、逃避した先に何もないなんてことが常じゃないですか。死は抑圧から解放してくれるかもしれませんが、それでも周囲はいつも通り営みを続けていて、そこから何も楽しめていない自分だけが退場するのって、なんだかシャクなんですよね。抗うことが生きる糧になっていますが、諦めないうちは延命できるのでしょう。

瓶詰工場の少女

葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』から連想して高橋葉介『腸詰工場の少女』に辿り着くのは、やっぱりよくある流れなんだなと。

過酷な労働状況の腸詰工場で、健気に働く貧しい少女が、工場主の息子に遊ばれて妊娠してしまい、実父からも犯され、さらに勤め先の工場からは解雇されてしまうという、不遇すぎてこちらまで泣いてしまいそうな背景を抱え、ついには腸詰の機械に飛び込んで自殺してしまうんです。

この連想は、二階堂奥歯『八本足の蝶』の2002年7月23日(火)のエピソードに登場していたので言及したのですが、私も教科書で『セメント樽の中の手紙』と出会ったときに、全く同じところに行き着いたので、共感してしまって興奮しながら投稿しました。教科書じゃなくて、青空文庫だったかもしれません。もう記憶なんて曖昧で、確証なんてありませんが。

人肉のソーセージってどんな味がするのでしょうか。でも、たぶん私は普通の人間なので、血生臭さが耐えきれずに嘔吐してしまうんでしょうね。その人が生きていた痕跡とか、毛髪が混入してることを確認してしまうと、それだけで人だったときの面影を集めて補完してしまうし、そしたらもう発狂しちゃうと思うんです。
人体加工物系作品って、グロく感じて目を背けたくなるのですが、よく考えれば私たち人間も牛や鶏を屠殺しているのでしたね
ヒトリエ「サークルサークル」

天才たちの語る答えにゃ
毎回踊らされていて
何千回と重ねた感情
吐き出して今日も泣いた

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